図書室(4F)

Library Room in 4th Floor

ご利用案内

閲覧席数 22席
閲覧席数 22席
  • 図書室では、戦中・戦後の国民生活を中心とした文献・資料が集められ、自由に検索、閲覧ができます。所蔵資料については、目次を含む情報がデータベースに入力されており、様々な目的に応じて素早い検索が可能です。
  • 次のような資料を所蔵しています。
    1. 戦中・戦後の国民生活の姿を伝える文献・図書(戦時中に発行された少年少女雑誌や婦人雑誌、戦中・戦後の体験記、地方史、写真集、国定教科書、産業社史など)
    2. 戦争に関する基本的図書(戦記、部隊史、戦争に係わった人物の著作や伝記など)
    3. その他辞典等の補助的図書
図書室のご利用にあたって
  • 資料の館外貸出は行っていません。
  • 資料は書棚に出ているものと、書庫に入っているものがあります(ほとんどの図書が書庫に入っています。)
  • 書棚の資料(開架図書)は、自由に利用できます。
  • 書庫の資料(閉架図書)は、室内の検索端末でご希望の資料を検索して、「請求票」を出力し、利用カードと一緒にカウンターに請求してください。
  • 閉架資料を利用する際には、利用カードが必要となります。「利用申込書」を記入し、カウンターにお出しください。利用カードを発行しますので、次回閉架資料をご利用になる際は、お持ち下さい。なお、図書・雑誌の請求は1回に10冊まで、請求の受付は17時までとなっています。
  • 当室の資料に限り、著作権法の許す範囲内で複写をすることができます(モノクロ・2色コピー(B5~A3)1枚10円、カラーコピー(B5~A3)1枚50円)。ただし、資料に「複写禁止」のシールが貼ってあるものは複写できません。
  • 携帯電話の使用は他のお客様のご迷惑となりますので、室内での利用はお断りしています。
  • 室内での飲食はできません。
  • 手荷物については、入口手前のコインロッカーにお預けください。
  • 著作権保護のため、カメラ及び携帯電話等による資料の撮影は固くお断りします。


図書室からのお知らせ

追悼 岡 信子さん(関連図書)

【追悼 岡 信子さん】

4階図書室では岡 信子さんの本を紹介しています。
昭和3年(1928)、長崎市生まれ。
岡さんは看護学生だった16歳の時、爆心地から約1.8キロの自宅で被爆しました。左半身にガラスが突き刺さるけがを負いながらも、救護所で被爆者の手当てに従事しました。
今年8月9日の長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典では、最高齢の被爆者代表として「平和への誓い」を読み上げました。本書では被爆した際の状況や、核廃絶への思いを語っています。
『ピース・フロム・ナガサキ』(916/So32/3 開架一般 000023598)

詳細はブログでご覧ください。


追悼 瀬戸内 寂聴さん(関連図書)

【追悼 瀬戸内 寂聴さん】

4階図書室では瀬戸内 寂聴さんの本を紹介しています。
大正11年(1922)、徳島県生まれ。昭和18年(1943)に東京女子大を卒業後、婚約者の勤務先である北京へ移住。出産後に夫が出征したため、運送業者の電話番の仕事に就きました。
戦後に作家活動を始め、48年には尼僧として「寂聴」と名乗るようになりました。法話会を開き、近年はSNSなどで若者たちと交流を重ねていました。
『私の八月十五日 4』(916/W47/4 開架児童書 000061637)

詳細はブログでご覧ください。


追悼 古葉 竹識さん(関連図書)

【追悼 古葉 竹識さん】

4階図書室では古葉 竹識さんの本を紹介しています。
昭和11年(1936)、熊本生まれ。済々黌高校から専修大、日鉄二瀬を経て、33年に広島カープ(現・広島東洋カープ)へ入団。
走攻守そろった選手として活躍し、二度の盗塁王に輝きました。
選手引退後はコーチに転身。50年には広島東洋カープの監督となり、チームを初優勝へ導きました。
『プロ野球を創った名選手・異色選手400人』(783/Sh62 地下書庫和図書 000037769)

詳細はブログでご覧ください。


図書室からのお知らせ

【図書室からのお知らせ】

①閉架書庫内資料の1日の貸出冊数について
1日最大15冊までとしていた貸出制限を解除します。
1回につき10冊まで貸出可能となり、返却後はくりかえし請求ができます。
②来館者端末は4台あります。
ご不明なことがありましたらカウンタご相談ください。

詳細はブログでご覧ください。


収容所から来た遺書(資料紹介)

【資料紹介 収容所から来た遺書】

4階図書室では『収容所から来た遺書』を紹介しています。
昭和20年(1945)8月15日の終戦後、多くの日本兵が旧ソ連のシベリアなどで抑留生活を送りました。
本著の主人公、山本幡男さんもまたシベリア抑留を経験し、家族に宛てた遺書を仲間に託しました。令和4年(2022)には二宮和也さんの主演で映画化することが発表されています。
『収容所から来た遺書』(916/H52 000038265)

詳細はブログでご覧ください。


追悼 森山 真弓さん(関連図書)

【追悼 森山 真弓さん】

4階図書室では森山 真弓さんの本を紹介しています。
昭和2年(1927)、東京生まれ。25年に東京大学卒業後、労働省(現・厚生労働省)へ入省。婦人少年局長などを務め、男女雇用機会均等法の成立に尽力しました。
昭和55年(1980)には、参議院議員選挙で初当選し政治家へ転身します。その後、衆議院議員となり、平成元年(1989)に海部内閣に初入閣。環境庁長官を経て、女性初の官房長官に就任しました。
本書には、森山さんの戦中・戦後の体験談が収録されています。
『GHQの見たニッポン』(210.76/Ta22 060003412)

詳細はブログでご覧ください。


追悼 白土 三平さん(関連図書)

【追悼 白土 三平さん】

4階図書室では白土 三平さんの本を紹介しています。
昭和7年(1932)、東京生まれ。洋画家の父・岡本唐貴の長男として生まれ、画家の道を志すものの、戦後、家計を支えるため旧制中学を中退し、紙芝居作家の道へ進みます。
昭和32年(1957)には漫画(まんが)家としてデビュー。39年に雑誌「月刊漫画ガロ」で連載が開始された「カムイ伝」は、掲載誌を変えながら平成12年(2000)まで続き、幅広い世代から支持される人気作となりました。
『白土三平伝』(726/Sh86 000065401)

詳細はブログでご覧ください。


追悼 坪井 直さん(関連図書)

【追悼 坪井 直さん】

4階図書室では坪井 直さんの本を紹介しています。
大正14年(1925)、広島県呉市生まれ。
坪井さんは昭和20年(1945)8月6日、現在の広島大学工学部3年だった20歳の時、通学途中に爆心地から約1.2キロで被爆しました。熱線で全身に大やけどをおい、およそ40日間意識不明となりますが、九死に一生を得ます。
大学卒業後は中学教師となり、生徒に被爆体験を語りました。退職後は日本原水爆被害者団体協議会(被団協)のメンバーとして世界各地で体験を証言し、核兵器の廃絶を訴え続けました。
『証言 第6集(1992)』(916/N21/6 000053640)

詳細はブログでご覧ください。


男たちの昭和(関連図書)

【資料紹介 男たちの昭和】

4階図書室内の15番書架では、「資料紹介 男たちの昭和」に関連する資料を紹介しています。
展示資料リスト

詳細はブログでご覧ください。


節米料理・ガラスケース展示(関連図書)

【資料紹介 ガラスケース展示 節米料理】

4階図書室入口では、ガラスケース展示「節米料理」を紹介しています。
最近ダイエット目的で白米の摂取を制限し、玄米やオートミールなどを食べる方もいるようです。
戦時中は食糧確保のため、米の消費を節約する節米運動が奨励され、芋や豆類、麦との混食や、うどんやパンなどの代用食も奨励されました。この節米料理についてご紹介します。
【展示資料】
『写真週報 第120号(昭和15年6月12日)』(051/Sh13/120 100003182)
『愛国婦人 第124号(昭和16年7月)』(051/A25/124 100027701)
『近代料理書集成 第13巻』(596/Ki42/13 000061966)
『この世界の片隅に 上』(726/Ko95/1 060006194)
『この世界の(さらにいくつもの)片隅に 公式アートブック』(778/Ko78 000065132)

詳細はブログでご覧ください。


カムカムエヴリバディ

【資料紹介 NHK 連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」】

4階図書室ではNHK 連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」の関連する資料を紹介しています。
現在、連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」が放送中です。
タイトルの由来は、戦後間もない昭和21年(1946)に始まった同局ラジオ講座「英語会話」のオープニング曲です。司会の平川唯一は「カムカムおじさん」と呼ばれ、日本中で英語ブームが起きました。
展示資料リスト

詳細はブログでご覧ください。


【資料紹介 写真展「1946 明日へ」関連図書紹介 昭和21年の日本】

【資料紹介 写真展「1946 明日へ」関連図書紹介 昭和21年の日本】

4階図書室では、写真展「1946 明日へ」の関連図書を紹介しています。
展示資料リスト

詳細はブログでご覧ください。


資料紹介「渋沢栄一関連資料」

【資料紹介 渋沢栄一関連資料 ~NHK大河ドラマ「青天を衝け」主人公~】

「近代日本経済の父」とよばれる渋沢栄一は、国際親善でも広く活躍しました。昭和2年(1927)には日本国際児童親善会を創立し、「青い目の人形」として知られる日米親善人形の歓迎会を主催しています。
栄一の孫にあたる敬三は日本銀行総裁のほか、終戦後の幣原内閣で大蔵 大臣(現・財務大臣)を務めるかたわら、民俗学者としても活躍しました。

詳細はブログでご覧ください。


ぶらりらいぶらりぃ

利用者からの質問事項をもとに昭和館図書室の図書を紹介した、利用ガイドペーパー「ぶらりらいぶらりぃ」に掲載されている一部です。(図書室にて、配布しています)

「ぶらりらいぶらりい №249」(2021年10月20日発行)  (PDF:982.98 KB)


おもて面:昭和館図書室で所蔵している終戦翌年の昭和21 年(1946)に刊行された雑誌の中に、戦災孤児に関する記事が掲載されているものはあるか。
う ら 面:昭和の生理用品事情~戦後編~




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