.jpg)
昭和の時代、日本映画は二度の黄金期を経験し発展を遂げてきました。無声映画からトーキー映画に代わる1930年代、そして映画が大衆娯楽の中心として絶頂期を迎える1950年代。この黄金期の間には、戦争・占領・復興を経て変化し続ける日本社会の姿がありました。
昭和100年を迎えた今、本企画展では映画の歴史をたどりながら、社会・文化と大きく変容を遂げた昭和の時代を振り返ります。
| 主催 | 昭和館(厚生労働省委託事業) |
| 後援 | 千代田区・千代田区教育委員会 |
| 会期 | 令和8年3月20日(金・祝)~5月10日(日) |
| 会場 | 昭和館3階 特別企画展会場 |
| 入場料 | 無料 |
| 開館時間 | 10時~17時30分(入館は17時まで) |
| 休館日 | 毎週月曜日(5月4日(月・祝)は開館、5月7日(木)は休館) |
| チラシ | 「昭和映画録 ―二度の黄金時代―」 |
サイレント(無声)に対して、映像と音声を連動させた映画をトーキー(talkie)と呼びます。昭和2年(1927)、アメリカで初のトーキー映画「ジャズ・シンガー」が公開され、大ヒットを記録したことを機に、映画界ではトーキー革命が巻き起こりました。
日本で初めて本格的なトーキー映画が作られたのは、昭和6年の松竹キネマ株式会社製作による「マダムと女房」でした。従来のサイレント映画に代わり、トーキー映画が主流となるにつれ、松竹株式会社・東宝株式会社・日本活動写真株式会社(以下日活)などの大手映画製作会社を筆頭に映画の競作が相次ぎます。人気俳優や監督の登場、映画館の増加などを背景に独自のトーキー文化を築いた日本映画は、1930年代に一度目の黄金時代を迎えました。
【展示ポスター】 「君よ高らかに歌へ」/「丹下左膳 妖刀隻手の巻」/「愛染かつら全集大会」 など
.jpg)
昭和8年に東京・有楽町に誕生した大規模劇場。映画上映の他、演劇興行も行われた。開業当時は日本映画劇場株式会社が経営していたが、経営難により後に東宝に吸収された。
石川光陽撮影
昭和9年(1934)

戦前から戦中にかけて活躍した人気映画俳優たちを紹介するポスター。
昭和17年(1942)
昭和12年(1937)に日中戦争が勃発すると、映画は娯楽のみならず、国策宣伝を担うメディアとして利用されていきました。新聞や出版物など、メディアの言論統制が強化されていくなかで、昭和14年に映画法が制定されると、脚本の事前検閲、外国映画の上映などが厳しく規制されます。
戦地や銃後の様子を題材とした国策映画が多数作られる一方で、製作会社の統廃合が行われ、昭和17年には大日本映画製作株式会社(以下大映)・松竹・東宝の3社のみとなります。戦況の悪化とともにフィルムなどの物資不足が深刻となり、アメリカに次ぐ映画製作数を誇った日本映画も、その数を減らしていきました。
【展示ポスター】 「元禄忠臣蔵特報 第五報」 / 「陸軍」 / 「かくて神風は吹く」 など
.jpg)
浅草六区にある映画館・千代田館で行われた防空訓練の様子。看板の「熱砂の誓ひ」は昭和15年に公開された李香蘭主演の国策映画。
石川光陽撮影
昭和16年(1941)10月

世田谷区立代沢国民学校(現・世田谷区立代沢小学校)の6年生児童が、昭和18年に公開された松竹の「海軍」を観て書いた感想文。綴った後は親にも回覧し、感想が記されている。
昭和18年(1943)12月
昭和20年(1945)9月、映画界はGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の下部組織であるCIE(民間情報教育局)の管理下に置かれることになりました。脚本の検閲のほか、軍国主義や仇討ち物などの映画の上映が禁止となります。また、昭和21年にはGHQの外郭団体として設立したセントラル映画社(CMPE)により、国内でのアメリカ映画の上映が解禁され、映画は占領政策の一環として活用されました。
厳しい管理下の中で、戦災により減少していた映画館の数が増えるにつれて、国内の映画製作数も増加していきました。終戦・占領を経て迎えた独立後、日本の映画産業は再び勢いを取り戻し、未曾有の好景気を迎えます。昭和33年には観客動員数が歴代最高を記録し、日本映画に再び黄金時代が訪れました。
【展示ポスター】 「黄金狂時代」 / 「羅生門」 / 「君の名は 第2部」 / 「ビルマの竪琴」 など

映画「銀座カンカン娘」は、ミュージカル調の喜劇映画。主題歌「銀座カンカン娘」は主演の高峰秀子が歌唱し大ヒットを記録した。奥に見えるのは高峰秀子(左)、岸井明(中央)、笠置シヅ子(右)。
昭和24年(1949)2月

「夜明け前」の製作に関する事前広告。撮影セットやロケ地などが紹介されている。
昭和28年(1953)10月以前
『長崎の鐘』は戦後初の原爆を扱った本として、昭和25年に映画化されました。本展示では同作の映画ポスターや、関連する所蔵資料を公開します。

永井隆が日本画家の安西啓明に宛てた書簡。映画「長崎の鐘」と原作との相違を指摘する安西に対し、永井が映画の内容と実生活は別物であると諭している。
昭和25年(1950)10月3日
キネマベストテンは映画雑誌『キネマ旬報』が選出する日本最古の映画賞です。戦時中に一時中断を余儀なくされましたが、昭和21年の復活を機に現在まで続いています。
本展示では、昭和21年から昭和30年までの外国映画部門1位に輝いた作品のパンフレットを一挙に公開します。
| 開催日 | 令和8年4月4日(土)、4月18日(日) ①10:30~12:00 ②13:30~15:00 |
| 対象 | 小学生以上 各回10名程度 |
| 参加費 | 無料 |
| 持ち物 | 1リットルくらいの飲料紙パック(切らずに洗って乾かしたもの)・スマホ(ライトを使用)または懐中電灯 |
| 申込方法 | こちらのフォームからお申込みください ※先着順受付 |
※申込後、担当者(showakan.event@gmail.com)より、参加のご案内メールをお送りします。
※申込後1週間を過ぎてもメールが届かない場合はお問合せください。

担当者による展示解説を行います。
| 開催日 | 令和8年3月29日(日)、4月12日(日) 14:30~(所要時間30分) |
| 演目 | 「麦秋」(昭和26年公開・松竹映画) |
| 監督 出演 | 小津安二郎 原節子、佐野周二ほか |
| 開催日 | 令和8年4月26日(日)13:30~ |
| 会場 | 1階ニュースシアター |
| 定員 | 50名(当日先着順) |
※当日13:00より整理券を配布いたします。
お問い合わせ
〒102-0074 東京都千代田区九段南1-6-1 昭和館学芸部
TEL.03-3222-2577