特別企画展

Special Exhibitions

戦後70年 よみがえる日本の姿 ~オーストラリア戦争記念館 所蔵写真展~

この特別企画展は平成27年3月21日(土)~5月10日(日)に開催され、好評の内に終了しました。

開催主旨


 このたび昭和館では、「戦後70年 よみがえる日本の姿~オーストラリア戦争記念館 所蔵写真展~」と題し、特別企画展を開催する運びとなりました。
オーストラリアの首都・キャンベラにあるオーストラリア戦争記念館は、主に第一次世界大戦から近年に至るまでの戦争に関する資料を所蔵・展示していますが、オーストラリアが主要国として英連邦占領軍に参加し、日本に進駐したことから、日本国内の写真や映像を多く所蔵しています。
 戦後の焼け跡や復興を遂げつつある日本を記録した、外国人撮影による写真は数多く残されており、昭和館においても様々な形で公開をしています。しかし、その多くは日本全国を統治していたアメリカ軍による記録でした。今回ご紹介する写真は、オーストラリア軍が呉と東京という2都市を集中的に撮影したということや、国内の街並み、光景だけでなく、英連邦軍基地内外での日本人と兵士の交流の様子が多く撮影されている点が最大の特徴といえます。
 本展では、その中から写真約100点と映像をご紹介します。

【主催】

昭和館

【後援】

外務省 オーストラリア大使館

【会期】

平成27年3月21日(土)~5月10日(日)

【会場】

昭和館3階 特別企画展会場

【入場料】

特別企画展は無料(常設展示室は有料。)

展示構成


プロローグ 終戦、そして降伏文書調印へ

 昭和20年(1945)8月15日、正午のラジオ放送により、長く続いた戦争が終わり、日本が降伏することを国民は知りました。
 そして連合国最高司令官ダグラス・マッカーサーが来日し、9月2日に降伏文書の調印式が行われました。日本は連合国の統治下におかれることになったのです。


降伏文書調印式

降伏文書調印式の開会スピーチをする
ダグラス・マッカーサー

昭和20年(1945)9月2日


降伏文書に署名

降伏文書に署名する重光葵外務大臣

昭和20年(1945)9月2日


Ⅰ 終戦直後の東京

英連邦軍(BCOF)が広島県呉市に進駐するのが昭和21年(1946)2月、東京に分区が認められるのが 同4月ですが、その前後の時期から一部の英連邦軍は、東京の焼け跡の様子をとらえていました。


焼け跡で遊ぶ子どもたち

焼け跡で遊ぶ子どもたち

昭和20年(1945)9月頃


国会議事堂とその一帯

国会議事堂とその一帯

昭和20年(1945)~21年


Ⅱ 呉の街と人びと

1. 街並みと人びとの生活

 昭和21年(1946)2月、英連邦軍(BCOF)は呉に上陸をはじめ、それまで進駐していた米陸軍の 統治を引き継ぐことになりました。
 当初は呉の人びととの間に緊張が走り、問題も起きたようですが、次第に打ち解けていくようになって いきました。


配給待ちの列

配給待ちの列に並ぶ子どもや女性たち

昭和21年(1946)7月


華街の交差点

華街の交差点に立つ人びと・中通り6丁目付近

昭和22年(1947)~27年


2. 日本人との交流

 呉の街に、兵士でない女性の姿が見られるのは、オーストラリアが家族の日本への同行を認めたから です。オーストラリアの女王は、イギリスのエリザベスⅡ世であるため、彼女にまつわるイベントが行われていたのも呉の街の特色と言えるかもしれません。休日に呉周辺の観光地を訪れる英連邦軍兵士の姿も多く見られました。


呉市営プール

呉市営プールで行われた日米豪交歓水上競技呉大会・二河公園

昭和25年(1950)8月20日

※古橋廣之進は、この大会の500メートル自由形で5分55秒8の世界新記録を樹立した。指定席には豪軍将兵、家族が華やかな国際色を彩った。


ポスター

(参考展示)
ポスター「アメリカ日本交歓水上競技呉大会」

昭和25年(1950)


戴冠式祝賀行進を見物する人びと

戴冠式祝賀行進を見物する人びとと英連邦軍兵士

昭和28年(1953)6月2日

※この日、エリザベスⅡ世(現女王)が英国の女王として公に王冠を受け、就任を宣明する戴冠式が行われた。


三味線と琴の演奏をラジオ番組用に録音する 英連邦兵士

三味線と琴の演奏をラジオ番組用に録音する英連邦兵士

昭和29年(1954)8月5日


3.子どもと兵士のふれあい

 子どもたちは、戦後生まれが多いのかもしれません。子ども昭和25年(1950)~28年撮影の写真に登場する子どもたちは、戦中生まれの子が多いと思われますが、昭和30年代撮影の写真に登場する子どもたちの表情に、それは見て取れるでしょうか。


絵の腕前を披露する日本の子ども

オーストラリアの子どもの前で絵の腕前を披露する日本の子ども

昭和25年(1950)7月


子どもたちと遊ぶ英連邦軍兵士

子どもたちと遊ぶ英連邦軍兵士

昭和29年(1954)12月21日


Ⅲ エビス・キャンプからみた東京

1. 復興していく東京

 昭和26年(1951)頃になると、東京の街にも人々の活気が戻ってきました。
 浅草、銀座などの東京名所では、日本の生活に溶け込む英連邦軍兵士の姿が多くみられました。


浅草仲見世

浅草仲見世を歩く英連邦軍兵士

昭和30年(1955)1月11日



渋谷駅前のハチ公と、建設中の東急東横百貨店

昭和30年(1955)1月頃


2. エビス・キャンプにて

 エビス・キャンプの正門の上には、British Commonwealth Sub Area という記述があり、ここが英連邦軍の進駐にあたっての東京分区であったということを示しています。キャンプ内では多くの日本人が働いており、技術的交流や娯楽や行事を通じた交流が数多く生まれました。
 現在は、防衛省防衛研究所(目黒区)となっています。


大晦日を祝う日本人と英連邦軍兵士

大晦日を祝う日本人と英連邦軍兵士

昭和29年(1954)12月31日



日本人職員が差し出す書類にサインをする

昭和30年(1955)9月15日


3. 子どもたちへの贈り物

 エビス・キャンプは、昭和31年(1956)1月に接収解除となり、英連邦軍は同地を去ることになります。 ここでは、二葉保育園の子どもたちとBCFK兵士の交流の様子を紹介します。まもなく東京を去る兵士たちの胸中が、子どもたちとのやりとりの中に現れているような光景です。


二葉保育園にカーニバルの売上金を寄付する

二葉保育園にカーニバルの売上金を寄付する

昭和29年(1954)9月6日

※二葉保育園は、戦災孤児の救済活動を行っており、英連邦軍は前年より支援を行っていた。


エビス・キャンプでのクリスマスパーティー

エビス・キャンプでのクリスマスパーティーに招かれた子ども

昭和30年(1955)12月


イベント


(1)講演会 終了しました

期日

4月11日(土)14:00~15:00

演者

千田 武志(ちだ たけし) 氏(※)

題目

「日本人と英連邦兵士の交流について(仮)」

場所

昭和館1階ニュースシアター
※整理券(60枚)を13:00から配布する。

(2)昭和体験イベント 終了しました

大道芸や飴細工の実演、昔の遊びなどを中心としたイベントを行う。

期日

4月4日(土)・5日(日)11:00~15:30

場所

昭和館2階ひろば

内容

アメ細工の実演 ①11:00~11:45 ②12:30~13:15 ③14:00~14:45
※各回開始10分前に整理券を配布します。(アメ細工配布各回先着28名)

大道芸の実演
南京玉すだれ、バナナのたたき売りなど。 ①11:45~12:30 ②13:15~14:00 ③14:45~15:30

昔の遊び
昔ながらの輪投げや剣玉・お手玉・あやとりなど、戦中・戦後の時代によく使われたおもちゃを自由に手に取って遊ぶことができます。

(3)展示解説 終了しました

担当者による展示解説を行う。

期日

3月29日(日)・4月29日(水) 14:00~(約45分)

場所

昭和館3階特別企画展会場


図録


開催

平成27年3月

タイトル

戦後70年 よみがえる日本の姿 ~オーストラリア戦争記念館 所蔵写真展~

在庫

在庫あり

目次情報

プロローグ 終戦、そして降伏文書調印へ
Ⅰ 終戦直後の東京
Ⅱ 呉の街と人びと
1 街並みと人びとの生活
2 日本人との交流
3 子どもと兵士のふれあい
Ⅲ エビス・キャンプからみた東京
1 復興していく東京
2 エビス・キャンプにて
3 子どもたちへの贈り物
100枚の写真から浮かび上がる日本人と英連邦軍の交流 学芸部 藤川和史
出品目録

価格

700円(税込

TEL.03-3222-2577
担当:昭和館学芸部 藤川・坂尻
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