これまでの特別企画展

Past Special Exhibitions

オリンピック 栄光とその影に ~アムステルダム大会から東京まで~

開催主旨


このたび昭和館では「オリンピック 栄光とその影に ~アムステルダム大会から東京大会まで~」と題して特別企画展を開催することとなりました。
近代オリンピックは、第1回アテネ大会が明治29年(1896)に行われ、平成20年(2008)の北京大会は夏季オリンピック大会の第29回目にあたります。日本は、明治45年(1912)の第5回ストックホルム大会から参加していますが、先の大戦ではオリンピック自体が中止になり、終戦後の昭和23年(1948)に行われた第14回ロンドン大会では、日本選手は出場が許されませんでした。人々の夢と希望と憧れであったオリンピックにも、戦争は大きな影を落としました。
本展では、昭和に入って最初のオリンピックである第9回アムステルダム大会から、戦後の第18回東京大会までを通して、各時期におけるオリンピックの姿や日本とオリンピックの関わり、戦争とオリンピック、日本人メダリストの活躍やエピソードなどを紹介します。オリンピックイヤーにあたる本年、夏季大会を中心とした昭和のオリンピックの歴史を振り返ることは意義深いものと確信いたしております。

【主催】

昭和館

【後援】

財団法人 日本オリンピック委員会

【協力】

秩父宮記念スポーツ博物館

【会期】

平成20年2月23日(土)~4月10日(木)

【会場】

昭和館3階 特別企画展会場

【入場料】

特別企画展は無料(常設展示室は有料)

【開館時間】

10:00~17:30(入館は17:00まで)

【休館日】

毎週月曜日

展示構成


1.日本選手の躍進


初めて日本がオリンピックに参加したのは、明治45年(1912)の第五回ストックホルム大会からで、第7回アントワープ大会では男子テニスが日本のスポーツ選手として史上初めての銀メダルを獲得し、その後確実に実績を挙げていった。昭和に入ると、陸上の織田幹雄、南部忠平などが複数の大会で活躍するようになり、陸上の人見絹枝や競泳の前畑秀子などの女性選手の活躍も目覚しくなった。こうした日本選手の躍進が、日本においてオリンピック大会を開催しようという動きへとつながっていった。

1.第9回アムステルダム大会 昭和3年(1928)
2.第10回ロサンゼルス大会 昭和7年(1932)
3.第11回ベルリン大会 昭和11年(1936)

アムステルダム大会 女子800m優勝のラトケと競る人見絹枝

昭和3年(1928)毎日新聞社提供


ロサンゼルス大会 銀メダル

競泳100m自由型で2位になった河石達吾のメダル。河石家に伝わってきたもので、箱の表に本人のサインがある。

昭和7年(1932) 河石達雄蔵


ベルリン大会開会式 入場する日本選手団

昭和11年(1936)8月1日 昭和館蔵


友情のメダル

昭和11年(1936)のベルリン大会陸上棒高跳びは、西田修平と大江季雄の日本人同士による2、3位決定戦となった。しかし、長時間の競技で疲労した2 人は決定戦を辞退し、試技数により西田が2位、大江が3位となった。帰国後2人は銀と銅のメダルをそれぞれ2つに分断し、それを半分ずつつなぎ合わせて持つこととした。

左:大江季雄のメダル 秩父宮記念スポーツ博物館蔵
右:西田修平のメダル 早稲田大学大学史資料センター蔵

2.戦争が与えた影響


昭和4年(1929)東京市は、昭和15年の国家的行事である「紀元二千六百年奉祝記念事業」の祝典に併せて、オリンピックと万国博覧会を開催することを提案していた。11年のベルリンIOC総会で東京開催が決定され、第11回ベルリン大会の閉会式で、嘉納治五郎によって開催決定が宣言された。しかし、12年7月の蘆溝橋事件を発端として日中戦争が始まると、国内外より中止の声が上がり、13年7月15日に東京大会返上が決定され、さらに第13回ロンドン大会は開催決定の2ヵ月後に第二次世界大戦が勃発したため中止となった。戦後に開催された第14回ロンドン大会では、日本はドイツとともに参加が認められず、復帰には第15回ヘルシンキ大会まで実に16年もの歳月を要することとなった。

1.第12回東京大会 昭和15年(1940)
2.第13回ロンドン大会 昭和19年(1944)
3.戦時下のスポーツと選手たち
4.第14回ロンドン大会 昭和23年(1948)

第12回大会の東京での開催決定を喜ぶ東京市設案内所

昭和11年(1936)8月1日


チラシ

清酒の広告。第12回大会の開催地として東京招致が成功したことを祝して、懸賞により「特製オリンピック型電気スタンド」を贈呈するとしている。

昭和11年(1936)9月


オリンピックへの復帰を求める署名集めをしている女生徒

昭和24年(1949)4月 米国立公文書館提供


手紙

ロサンゼルス大会に参加した競泳の河石達吾から妻の輝子宛の手紙。昭和19年(1944)12月に長男達雄が誕生したことを喜んでいる。河石は19年6月に召集され、後に硫黄島の部隊に配属された。20年3月17日硫黄島にて戦死した。

昭和19年(1944)12月頃 河石達雄蔵

3.復興への希望


昭和23年(1950)に開催された第14回ロンドン大会には参加が認められなかった日本であったが、競泳の古橋廣之進と橋爪四郎は終戦直後から世界新記録を更新するなど、敗戦により打ちひしがれていた日本国民を勇気付けた。戦前の第11回ベルリン大会から実に16年ぶりの参加となった第15回ヘルシンキ大会は、戦後の財政難にあえぐ中での参加となり、派遣選手が72名という事情も重なって、金メダル1個という結果に終わった。しかし、第16回メルボルン大会では体操とレスリングでメダルを量産し、東京大会開催への足がかりともなった。第17回ローマ大会では、体操で金銀銅合わせて9個ものメダルを獲得し、東京大会へ向けて大きな弾みをつけた。

1.第15回ヘルシンキ大会 昭和27年(1952)
2.第16回メルボルン大会 昭和31年(1956)
3.第17回ローマ大会 昭和36年(1961)

ヘルシンキ大会レスリングで金メダルを獲得し胴上げされる石井庄八

昭和27年(1952)8月22日 毎日新聞社提供


ローマ大会ポスター「日米巨豪対戦/ローマオリンピック選手強化資金募集」

力道山らとアメリカ人プロレスラーの興業試合のポスター。「ローマオリンピック選手強化資金募集」と銘打って、日本・アメリカの国旗と並んでオリンピック旗がデザインされている。

昭和34年(1959)


ローマ大会 小野喬の鉄棒演技

昭和35年(1960)9月


ローマ大会 入場券(体操)

カラカラ大浴場跡で開催された体操の入場券。ローマ大会のテーマ「現代と古代の調和」を図るために古代遺跡で行われた。

昭和35年(1960)

4.実現した東京オリンピック


東京大会は、昭和39年(1964)10月10日から24日までの15日間に渡って行われた。これまでの大会では最大である93の国と地域、選手数5152名が参加した、アジアにおける初のオリンピックであった。日本は戦後の国際社会への復帰を目指し、スポーツを通じて復興を推進させるため、再度オリンピック招致を目指した。東京大会は、34年のミュンヘンIOC総会において第18回として開催されることが正式決定された。
この大会から柔道とバレーボールが正式競技となり、日本はレスリング、男子体操など、アメリカ、ソ連(現・ロシア連邦)についで金16・銀5・銅8の計29個を獲得し、3位となった。

(※)参加国、選手数についてはIOC 公式発表数。

1.オリンピックの実現に向けて
2.聖火リレーと開会式
3.日本選手たちの活躍
4.復興を遂げた日本

東京オリンピック(開会式)

昭和39年(1964)10月


東京オリンピック選手団・帽子

日本選手団の公式服装はブレザーが赤、帽子とズボン・スカートが白という鮮やかな「日の丸カラー」であった。デザインはデザイナーの石津謙介氏が担当した。
カヌー競技監督として参加した中原乾二が着用したもの。

昭和39年(1964)10月


女子バレー決勝日本対ソ連の熱戦

昭和39年(1964)10月23日 フォート・キシモト提供


サイン

陸上競技マラソンで3位になった円谷幸吉のサイン。10月21日はマラソンが行われた日。

昭和39年(1964)10月21日

資料映像


昭和館が所蔵するニュース映画のなかから、特別企画展のテーマに沿った内容の番組を選択し、会場廊下に設置するプラズマディスプレイでエンドレスで上映します。
上映時間:約46分

タイトル

年代

内容・所蔵等

マー坊の東京オリンピック

11年

※東京国立近代美術館フィルムセンター所蔵作品

読売新聞発声ニュース No.14

12年

東京オリムピックのホープ マラソン第一線 絢爛 日米水上争覇戦

読売ニュース No.50

13年

オリムピック制覇へ 湧き立つ力と青春

読売国際ニュース No.130

26年

慶大優勝す 全日本レガッタ

読売国際ニュース No.172

27年

オリンピック選手出発

読売国際ニュース No.179

27年

オリンピック第一陣帰る

朝日ニュース No.587

31年

メルボルンオリンピックせまる

朝日ニュース No.590

31年

メルボルンオリンピックひらく

朝日ニュース No.592

31年

メルボルンオリンピック終る

朝日ニュース No.668

33年

「ウエルカム」アジア大会 IOC総会

毎日ニュース No.360

36年

希望訪問:オリンピック「只今準備中」

毎日ニュース No.387

37年

希望訪問:もたつくオリンピック・コース

毎日ニュース No.515

39年

東京オリンピック花やかに開幕

毎日ニュース No.517

39年

東京オリンピック閉幕

音響資料


オリンピックに関係のある音楽、スピーチなどを聞くことができる音声ガイドを会場内に設置いたします。
約20分

タイトル

年代

内容・所蔵等

国際オリムピック選手派遣 応援歌

7年5月

朝日新聞社が懸賞募集したロサンゼルス大会の選手応援歌「走れ大地を」に山田耕筰が曲をつけて、コロムビアレコードから発売された。

第11回オリンピック前奏日独交歓放送

11年

昭和11年(1936)6月8日 午後8時から放送された、「第11回オリンピック前奏日独交歓放送」。西竹一がベルリンオリンピック出場を前にした決意を語っている。西泰徳提供。

水上競技実況放送(女子二百米平泳決勝)

11年

NHKの河西省三アナウンサーによる実況放送。競技が白熱し、前畑秀子とドイツのゲネンゲルと接戦になった際に「がんばれ」を24回連呼した。

嘉納治五郎のスピーチ

11年

ベルリン大会開催時に「次は東京でお会いしましょう」と言ったスピーチ。ドイツ放送アーカイブ蔵

1階ロビー 特設コーナー


オリンピックの表彰台で記念撮影をしよう!

東京オリンピックで使用された表彰台(実際の設計図より複製を製作)でメダリストの気分を味わっていただけます。

イベントの開催


会期中、下記の日程でイベントを開催します。

期日:平成20年3月29日(土)、30日(日)
   各日とも11:00~15:00

【1】親子で遊べるトランポリン
4m×4mのミニサイズトランポリンです。コンパクトなサイズながら、しっかりとした構造なのでお子さんも思う存分に飛んだり跳ねたり、転がったりして楽しめます。専門のスタッフが常時配置されており、また四方がネットで囲まれているため安全です。
【2】親子で遊ぼう、昔の遊び
昔ながらのマンガのメンコ、カルタなど、戦中・戦後の時代によく使われた玩具を自由に手に取り遊んで頂けるコーナーです。スタッフを常時配置しておりますので、お子様がお一人でも楽しく遊んで頂けます。その他にもけん玉・お手玉・おはじき・すごろくなどを常時設置し、大人の方もフリースペース内で自由に遊んでいただけます。

オリンピックに関係した問題を解きながら館内を巡るクイズラリーを行います。特別企画展の会場内だけでなく、7・6階の常設展示室、5階映像・音響室、4階図書室にもオリンピックと関わりのあるものがあります。全問正解された方には粗品をプレゼントいたします。

受付:1階ロビー
10:00~17:30(17:00受付終了)
※参加には常設展示室入場券(有料)が必要となります。

平成20年3月22日(土)、23日(日)
14:00~40分程度

特別企画展図録
「オリンピック 栄光とその影に~アムステルダム大会から東京大会まで~」
1階受付にて発売中


【頒布方法】
1000円(税込) 昭和館1階ロビーにて販売
送料負担で郵送販売も可(電話でお問い合わせ下さい)

【 仕 様 】
A4版 80頁(オールカラー)

〒102-0074 東京都千代田区九段南1-6-1 昭和館昭和館学芸部 TEL.03-3222-2577 FAX.03-3222-2575
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