特別企画展

Special Exhibitions

丈夫なからだで病を防げ! ~健康づくりと感染症予防~

この展覧会は令和3年3月13日(土)~5月9日(日)に開催が予定されていましたが、緊急事態宣言の発令により臨時休館となったため、4月24日(土)を以て開催終了しました。


開催主旨

 健康を維持し、免疫力を高め、丈夫なからだをつくることは、充実した生活を営むための根幹ともいえます。人が「健康」を得るための取り組みは、時代の変容によってその目的も変わっていきます。この企画展では、昭和における「健康」「からだづくり」をテーマとして取り上げ、病気と快復、運動とからだづくり、食生活と栄養、厚生事業等に関わる資料を紹介します。
 現在、新型コロナウィルス感染症への対策や外出自粛中の体調維持のため、「健康」への関心が高まっています。国民の関心に呼応したテーマの企画展として、現代への視座を示すことができれば幸いです。

【主催】

昭和館(厚生労働省委託事業)

【後援】

千代田区・千代田区教育委員会

【会期】

令和3年3月13日(土)~5月9日(日)

【会場】

昭和館3階 特別企画展会場

【入場料】

無料

【開館時間】

10時~13時30分(入館は13時まで) 14時~17時30分(入館は17時まで)

【休館日】

毎週月曜日(5月3日は開館、6日は休館)

【チラシ】

「丈夫なからだで病を防げ! ~健康づくりと感染症予防~」チラシ  (PDF:5775.47 KB)

展示構成

Ⅰ.戦時体制と健康政策

 昭和恐慌による農村の疲弊・困窮が影響し、国民の体位低下や結核罹患者が著しく増加しました。これらの問題を行政面で解決することを目的として、昭和13年(1938)1月に厚生省が創設されました。創設当時の厚生省は、体力局、衛生局、予防局、社会局、労働局ならびに臨時軍事援護部の5局1部からなり、国民体力の増進向上に重点を置いた保健・衛生行政を担う省庁として位置づけられました。
 日中戦争の長期化にともない戦時体制が強化されると、厚生省は国民体力の向上を重要施策として掲げます。国民精神総動員運動の一環として、「官民一体」となって健康増進を呼びかける運動が展開されました。昭和15年には、未成年者の体力向上と結核予防を目標とした国民体力法が制定され、満17歳以上満19歳以下の男子(昭和17年以降は満25歳以下の男子)を対象に毎年体力検査と結核検診が行われました。身体鍛錬、健康増進運動などを推進し、「強い兵隊」をつくるためのからだづくりが国を挙げた施策として進められました。

 (1)厚生省の誕生
 (2)国民精神総動員運動と健康増進キャンペーン
 (3)国民体力の向上

「強く育てよ御国の為に」(左)、『子供の育て方』(右)

ポスター「強く育てよ御国の為に」(左)
『子供の育て方』(右)

厚生省体力局が乳幼児の健康促進を図るために製作したもの。全体の2割を占める乳児の死者数を減らすため、栄養素や発育方法などの教化を行った。

昭和14年(1939)

ポスター「健康週間」

ポスター「健康週間」
健康週間は、国民の健康増進と体位向上を図るために行われた教化運動の一つ。期間中はラジオ等でも健康生活に関わる番組が連日放送された。

昭和13年(1938)5月

「健康漫画カルタ」

「健康漫画カルタ」
東京市厚生局児童課と全日本小物玩具卸商連合会との共同主催で製作された。読み札は8000を超える応募の中から、北原白秋らが審査し、48句が選ばれた。健康や病気予防について、子どもにもわかりやすく書かれている。

東京市厚生局児童課選定・絵:島田啓三
昭和16年(1941)10月

体力章検定証・検定徽章(初級)

体力章検定証・検定徽章(初級)
男子青少年の基礎体力向上を目指し、昭和14年(1939)から体力検定制度が実施された。
運動の基本である走・跳・投・運搬・懸垂が検定種目となり、初級は壮丁甲種合格者の運動能力標準程度が求められた。


Ⅱ.健康を求めて~運動・栄養・生活の工夫~

 戦時色が濃くなるにつれ、国は配給制度等による統制経済で食糧や生活物資を充足させようとしましたが、物資不足は解消できませんでした。食糧が行き渡らないことによる国民の栄養不足は深刻化し、体力だけでなく免疫力の低下が問題となります。結核罹患による死亡率は欧米諸国の2~3倍という高さにのぼり、日本の労働力および兵員確保の基盤を揺るがしました。
 一方で、日中戦争を契機にラジオが普及すると、ラジオ体操が国民生活に浸透しました。欧米列強に比べて体格が小さい日本人の筋骨強化と体力向上を図るうえで、ラジオ体操の普及には大きな期待が寄せられました。運動による筋骨強化だけでなく、集団で同じ動作をおこなう体操は、国民精神を養う意味でも効果的だと考えられました。
 しかし戦争の長期化にともない、日本人を取り巻く栄養事情は悪化の一途をたどります。米不足により玄米、芋類などを主食にすることが奨励され、国民は食糧不足のなかで調理・食事のしかたを工夫する必要がありました。

 (1)「国民病」結核の蔓延
 (2)ラジオ体操の普及
 (3)食糧事情と栄養事情

結核療養所の子どもたち

結核療養所の子どもたち
保護めがねをかけて太陽灯を浴びる、日光療法をおこなっている。

昭和11年(1936)
松田正志(JPS)撮影

「結核ノ知識ト予防」

「結核ノ知識ト予防」
結核という病気や、罹患者の生活上の注意点等を説明する掛図。財団法人結核予防会は、昭和14年4月28日、皇后陛下(香淳皇后)の令旨を奉戴し、閣議決定によって設立された。

昭和16年(1941)12月25日

ポスター「ラヂオ体操の会」

ポスター「ラヂオ体操の会」
ラジオ体操の番組は年中無休で毎朝2回、NHKラジオで放送され、小学校や寺社の境内、職場などを会場にして体操が行われた。

昭和12年(1937)頃

『勝つための食生活案内』

『勝つための食生活案内』
無駄を活かして不足を埋めること、栄養知識をもつことの重要性が呼びかけられている他、野草や、従来家畜や鶏の餌として用いていた雑穀や、肥料にしていた海藻などを粉にして活用する方法等が紹介されている。

昭和17年(1942)


Ⅲ.占領期の健康政策

 終戦後、戦時体制下の栄養水準低下・医薬品不足の状況に加え、海外からの引揚げ・復員によって新たな病原菌が持ち込まれたこともあり、発疹チフスや痘瘡等の急性伝染病患者が急増しました。このため、港での検疫やDDTによる消毒の実施、集団予防接種など強力な感染症対策がおこなわれました。
 また、当時の食糧事情は極度に悪く、食糧支援を受けるための基礎資料としてGHQ(連合軍最高司令官総司令部)は昭和20年(1945)11月に国民の栄養調査の実施を指令しました。さらには厚生省の主導で、栄養改善運動が始まり、肉や卵や乳製品、油脂の摂取量が多いアメリカの食生活をモデルとした栄養改善が示されました。
 昭和21年からララ物資などの救援物資による学校給食が開始され、未来を担う子どもたちの栄養改善が図られました。脱脂粉乳による「ミルク給食」が日本国内に普及し、牛乳は子どもたちのからだづくりには欠かせない食物として認識されました。健康優良児表彰が再開され、学校や地域ぐるみによる健康・からだづくりが実践されました。

 (1)公衆衛生
 (2)深刻な食糧難と栄養改善運動
 (3)子どもたちの健康

発疹チフスの予防注射・東京駅

発疹チフスの予防注射・東京駅
3月17日より東京駅他、都内の8つの駅に防疫班がおかれ、発疹チフスの予防注射が実施された。都内通勤者は乗降時に定期券と一緒に「注射済証」を調べられ、予防注射が済んでいない者は乗車を断られる場合もあった。

昭和22年(1947)3月28日
米国国立公文書館提供

ポスター「結核にうつらぬ前にB.C.G」

ポスター「結核にうつらぬ前にB.C.G」
0歳から30歳までの未接種者を対象とした予防接種(BCG、ツベルクリン)の日程を知らせるポスター。

昭和23年(1948)から26年

一般住民ノ栄養調査

一般住民ノ栄養調査
GHQが日本政府に指令した国民の栄養調査に関する覚書。調査員が各家庭を訪問し、世帯毎の栄養状態や3日間の食事内容などを記録することが記されている。

昭和20年(1945)12月11日

ポスター「皆さんの栄養週間」

ポスター「皆さんの栄養週間」
輸入された小麦粉や脱脂粉乳などの食糧についての調理指導と、動物性食料品の消費に活動の重点が置かれていた。

昭和24年(1949)


エピローグ

 戦中・戦後の健康づくりは、運動や栄養改善を図ることによって、病気や感染症に罹らない強いからだを作ることを目的としていました。たとえ食糧が乏しくても、薬が買えなくても、病気を「予防」することによって回避しようとしますが、国民病とも呼ばれた結核の猛威はすさまじく、戦中における死因順位は第一位でした。終戦を迎えた昭和20年は過去最高の死亡率(人口10万人に対して280.3人)を示したものの、予防接種の義務化、特効薬の普及によって結核の発症率は減少しました。それと併せて、食生活の改善による栄養状態の向上と衛生環境も大きく改善され、生活水準も向上します。
 昭和30年代後半には食糧難・栄養不足の問題が大きく解消し、さらには1964(昭和39)年の東京オリンピック開催を契機として、レクリエーションとしての健康づくりに対する機運が高まりました。日本人が体格のハンディを乗り越えて、東京オリンピックで活躍する勇姿は、日本が戦後復興を成し遂げた一つの象徴ともいえるでしょう。
 新型コロナウィルス感染症の蔓延により、世界中が感染対策に追われる昨今ですが、昭和の時代においても感染症の猛威に立ち向かう人々の姿があり、現代を生きる私たちに多くの示唆を与えてくれるでしょう。


担当:昭和館学芸部 佐藤・高橋
TEL.03-3222-2577
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