特別企画展

Special Exhibitions

“ 隣組”ってなんですか? ~助けられたり助けたり~

開催主旨


 このたび昭和館では、「“ 隣組となりぐみ ”ってなんですか?~助けられたり助けたり~」と題して、特別企画展を開催することとなりました。
 昭和15 年(1940)9 月、内務省により町内会・部落会の整備拡充がはかられるとともに、その下位組織として隣組(隣保班)が組織化されました。
 隣組は行政の指示により、配給切符の割当や防空活動、資源回収などといった活動を行い、定期的に「常会」が開かれ組内の意思疎通の機会を設けるなど、戦時体制下での国民生活の基盤となる活動を行っていました。
 一方で、隣組は組員同士の監視、思想の統制などといった、ひとりひとりの生活を窮屈に感じさせる側面も併せもっていました。
 本展では、実物資料、音響資料などを通して、戦時下の隣組の活動を紹介します。

【主催】

昭和館

【会期】

平成28年7月23日(土)~9月4日(日)

【会場】

昭和館3階 特別企画展会場

【入場料】

特別企画展は無料(常設展示室は高校生以上有料)

【イベント】

(1)「隣組すごろく」を作ろう!(小・中学生対象)8月7日(日)
(2)展示解説8月7日(日)・28日(日)14時~(約45分)

【チラシ】

「隣組ってなんですか」チラシ  (PDF:1619.16 KB)

展示構成


Ⅰ 隣組のはじまり

 昭和12年(1937)7月に日中戦争が始まり、13年5月5日には「国家総動員法」が施行されました。これにより、それまでの人や物品などの資源を統制・動員・運用するための法令が一本化され、国民生活に対する統制が始まりました。これにともなって、部落会・町内会を行政上の重要な機関として整備する動きが各地で活発となりました。
 15年9月11日に内務省は「部落会町内会等整備要領」を通達し、各地のこうした動きに統一的基準を示しました。「隣保団結ノ精神ニ基キ市町村内住民ヲ組織結合シ万民翼賛ノ本旨ニ則リ地方共同ノ任務ヲ遂行セシムルコト」などを目的として、部落会、町内会、隣保班(隣組)、市町村常会などに関して、詳細な基準を明示しました。これにより、市町村行政の下請け機関として、部落会・町内会が整備され、さらにその下位組織として10戸程度を単位とする「隣組 (隣保班)」が組織されていきました。


湯呑

湯呑
昭和15年(1940)に発表された国民歌謡「隣組」(岡本一平作詞・飯田信夫作曲)の歌詞が刷られている。


Ⅱ 隣組のさまざまな活動

 隣組の体制が確立すると、出征兵士の見送りや遺族・留守家族への救援活動に加えて、食糧増産、貯蓄推進、国債の割当などの任務が新たに加えられ、常会の運営や回覧板を通して、様々な活動を行いました。また、防空についても重要な役割を与えられ、昭和14年(1939)8月に内務省が発した「家庭内防空隣保組組織要綱」の民間防空体制と一体化していきました。
 隣組では「極めて細かい事柄に至るまで、真に家庭の延長として近隣相助け相励まし合い、常に共同一致して事に処するように致したいもの」という隣保精神を強調していた一方、隣組内部で隠し事ができないよう隣人同士のチェックシステムを作り上げることになりました。また、人の転出入については報告が厳しく義務付けられ、スパイの入り込む余地をなくしていました。


(1) 回覧板

回覧板の通知

回覧板の通知

昭和15年(1940)10月
藤本四八(JPS)撮影


東京市町会隣組回覧板

東京市町会隣組回覧板
回覧板を綴って各家庭に回すための板。

昭和15年(1940)~18年頃



(2) 常会

築地2 丁目2 番町の隣組常会

築地2丁目2番町の隣組常会

昭和15年(1940)10月
藤本四八(JPS)撮影


ポスター「国債貯金」

ポスター「国債貯金」

昭和18年(1943)頃



(3) 配給

隣組の配給所

隣組の配給所

昭和16年(1941)8月
梅本忠男撮影
立命館大学国際平和ミュージアム提供


配給物件分配表

配給物件分配表
町会から配給になった品を、隣組を通じて各家庭に配給した状況を記録したもの。昭和20年(1945)4月から翌21年3月まで記されている。

昭和20年(1945)



(4) 資源回収

集められた国防資材の献納

集められた国防資材の献納

昭和16年(1941)9月


感謝状

感謝状
昭和16年 (1941) 度から実施された金属特別回収への協力に対し、東京府知事から隣組長に対して授与された感謝状。

昭和17年(1942)



(5) 出征軍人や遺族・留守家族への援護

出征軍人宅で学童が麦取入れ奉仕

出征軍人宅で学童が麦取入れ奉仕

昭和14年(1939)6月
毎日新聞社提供



東京市隣組回報
銃後後援強化週間の行事を知らせている。この運動は傷痍軍人への慰問、出征遺家族援護を目的として昭和13年(1938)度に開始された。

昭和14年(1939)



(6) 防空活動

防火訓練の準備

防火訓練の準備

昭和14年(1939)1月
石川光陽撮影


掛図「隣組」

掛図「隣組」
防空活動を啓蒙するために用いられた掛図。
「隣組の防空組織と任務」や、隣組における防空活動などについて解説している。

昭和15年(1940)以降



(7) 子ども隣組

子ども隣組で手旗信号の講習会

子ども隣組で手旗信号の講習会

昭和16年(1941)8月
共同通信社提供


「コドモ隣組ゲーム」

「コドモ隣組ゲーム」

空襲による火災を、4つの隣組が組長を先頭にバケツリレーで消すことを模したゲーム。



Ⅲ 隣組の解体と戦後の部落会・町内会

 昭和20年(1945)8月15日、日本は終戦を迎えました。9月2日には降伏文書への正式調印がなされ、連合国による占領下に入りました。部落会・町内会・隣組は、GHQ(連合国総司令部)によって「国家体制に組み込まれた地域社会を構成する中心組織」とみなされ、22年3月31日をもって廃止が決定されました。
「地域団体制度の廃止が主食の適切な配給を妨げるのではとの懸念を解消するため、農林省(現※1・農林水産省)は22(※2)年(1947)3月22日、声明を発表し、4月1日以降、主食の配給は隣組を通してではなく個人ごとに配布される」ことを通知しました。部落会・町内会の代わりには、市町村の出張所が設置されましたが、一部自治会に看板替えして配給等の業務を継続するものがみられたため、政府は改めて新憲法施行の5月3日に政令第15号を公布し、「従前の町内会部落会 若しくはその連合又は隣組の解散後において結成されたこれらに類似する団体は昭和22年5月31日までに解散しなければならない」と解体を伝えました。
 法律上、消滅した部落会・町内会・隣組でしたが、その機能は戦後の新しい地域集団(防犯組合、衛生組合、日赤奉仕団等)に引き継がれ、実質的には存続していました。27年(1952)4月28日のサンフランシスコ講和条約発効により連合国による占領は終わり、日本は主権を回復しました。これに伴い、政令第15号が失効し、部落会・町内会は全国に復活していきました。

※1 昭和館注
※2 年代表記は昭和館表記基準に統一した。

降伏文書調印式の開会スピーチをするダグラス・ マッカーサー・横浜小柴沖

降伏文書調印式の開会スピーチをするダグラス・マッカーサー・横浜小柴沖

昭和20年(1945)9月2日
オーストラリア戦争記念館提供


昭和21年1月7日戦災者繊維品配給

昭和21年1月7日戦災者繊維品配給
隣組を通じて戦災者に衣料品を配給した際の明細表。放出品の軍用衣料が多く含まれている。



イベント

(1)「隣組すごろく」を作ろう!(小・中学生対象)

展示解説参加後、展示資料の写真カードを使って各自オリジナルの「隣組すごろく」を作成します。
(※1 本イベントは午後2時からの展示解説参加が条件となります)
(※2 展示資料の写真カードは当館で用意いたします)
日時:8月7日(日) 午後2時~4時
(展示解説は午後2時から、すごろく作成は午後3時からを予定)
場所:昭和館3階特別企画展会場・会議室
定員:10名程度 ※要予約

(2)展示解説

日時:平成28年8月7日(日)・28日(日) 14:00~ (約45分)
会場:昭和館3階特別企画展会場 ※予約不要

TEL.03-3222-2577
担当:昭和館学芸部 新城・藤川
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