家族への想い
 
 
出征によって離ればなれになった家族が言葉を交わせたのは、限られた書簡を通じてでした。しかし、戦地とのやりとりは軍事郵便に限られ、戦地の様子や地名などについて検閲を受けたため、その内容が人々の本当の気持ちかは分かりませんでした。その点を差し引いても、戦地と家族の間で交わされた手紙からは当時の人々の思いが伝わってきます。
 
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婚約者からの手紙への返信
召集された松嶋健壽さんが婚約者の小森谷淑江さんに出した返信の手紙。
昭和13年(1938)

戦地の孫からの祖父への手紙
中国に出征していた井上明さんが祖父の萬吉さんへ出した手紙。内地から届いた慰問袋の礼を述べている。
昭和16年(1941)

戦地の父からの子どもへの手紙
中国に出征していた宮坂久弥さんが娘の房子さんへ出した手紙。元々神田に住んでいたが、この手紙を受け取る直前に母と弟と共に岩手県へ縁故疎開をしていた。
昭和19年(1944)

出征する婚約者への手紙
松嶋健壽さんが召集される際に、婚約者の小森谷淑江さんが贈ったもの。淑江さんの兄が健壽さんの親友であったことから婚約したが、召集されると知った時、健壽さんは万一のことを考え婚約の破棄を申し伝えたが、淑江さんはこの手紙に「血書のハンカチ」を添えて翻意を促した。
昭和13年(1938)

戦地の父からの子どもへの手紙
山本秀治さんが3人の子どもに出した手紙。山本さんは予備役陸軍将校であったため昭和16年(1941)末に両親、妻と3女1男を残して召集された。末子はまだ生まれたばかりであったため、上の6歳から4歳の子どもにも読めるようカタカナで書かれている。
昭和17年(1942)
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